本紹介12:村上春樹・柴田元幸『サリンジャー戦記』 Flipper's Guitar(Double Knock Out Corporation)"Goodbye Our Pastels Badges"

2013.03.17 Sunday 06:30
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    サリンジャー戦記TOYOに好意的だったサリンジャーを語る上で、村上春樹は外せません。村上春樹はサリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の新訳を世に出すほど、サリンジャーから影響を受けています。【旧訳は『ライ麦畑でつまかえて』(野沢孝訳)】

    アメリカ文学研究者の柴田元幸、村上春樹が、サリンジャーの著作の魅力、謎解きを対談形式で著した本が『サリンジャー戦記』です。(追記:『キャッチャー・イン・ザ・ライ』に関する村上春樹の訳者解説が、本書に収録されており、それだけでも本書の価値はあるでしょう。版権の制約で訳書に掲載できなかったそうです。)

    ところで『ライ麦畑でつまかえて』、君も読んだ?世界的なベストセラーだから読んだことがあるかもね。でも読後、なんかスッキリ腑に落ちないモヤモヤ感、なかった?この対談本、お薦め。ぜひ読んでみて!「若い人の考えていること、よく分からん」と嘆いているupper世代、upup、アプアプ困っている方にもヒントがあるでしょう。

    文中の「ホールデン」とは、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の主人公の青年です。古い日本の「家」、父性の消失、と自分が解釈した部分の引用です。

    編集部 でもホールデンって、いまどきの「パラサイト」たちとちょっと似ているというか・・・

    村上 そうですね。逆に言えば、『キャッチャー』のそういう社会背景みたいなのが、今の若い人たちにはかなりすらっと理解できるんじゃないかな、という気はするんです。今の日本はたまたま不景気だけど、戦後の長い繁栄の中で、社会的資産はもうある程度できているわけですよね。そういうものが一種の都市資産階級を形成している。そんな時代に生まれた子どもたちって、多かれ少なかれホールデン的というか、消費と生産が結びつかないという傾向はありますよね。

    柴田 それは、1950年代のアメリカと、2000年代の日本が似ているということですか?

    村上 似ているところはあると思いますよ。階級的に。

    柴田 階級の分離の仕方が似てきたのかなあ。

    村上 うん、好むと好まざるとに関わらず、日本も階級社会になりつつあると思うんです。バブルを越えて、みんなが中産階級という横並びの時代から、勝ち組、負け組に分かれていくわけですよね。銀行やら社会やらがふるい落とされていくみたいに。それから、都市専門職という階層が力を持ち始めます。アーバン・プロフェッショナル。ホールデンの父親みたいな階層です。そしてそういう人たちは、子どもたちをだいたいプライベート・スクール(私学)に入れます。家族というものもほとんど解体してしまっている。かつて日本文化を規定していた家族という枠組みが消えつつある。かろうじて実効的に残っている家族関係は、さっき話に出た「パラサイト」くらいになってしまう。

    次の曲はフリッパーズ・ギター!作詞が小沢健二、作曲が小山田圭吾(コーネリアス)です。2人ともイニシャルがK.O・・・だからKnock Out Corporation!センスいいでしょ?また小沢健二が慶應じゃなくて東大在学中(当時)というオチを込めているそうです。

    『サリンジャー戦記』とフリッパーズ・ギター。関係ないように思うでしょ?非常に関係があるんだなぁ、これが。詳しくは明日の記事で!
    デビューアルバムでこんな洗練された音楽を、日本で作った奇跡。それを、リアルタイムで堪能できた幸せを思い出しながら・・・


    Flipper's Guitar(Double Knock Out Corporation)"Goodbye Our Pastels Badges"
     

    はずせ、僕らのバッヂをアノラックからはずせ
    引き出しの中にしまっておこう
    そして僕らは誓う、あの気持ちを決して忘れないと
    だから、さようなら

    地下鉄に乗っていて時々さびしくなる
    けれどもカミソリがあらわれて切り裂く
    そうだ 僕らのロリポップは何か純粋なものだった
    だから今は大好きなシャツを脱ぎ捨てて

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    小沢健二は柴田元幸(東京大学教授、現代文芸論研究室)ゼミ出身なのだ!その柴田教授は村上春樹の盟友!繋がっているのだ! 小沢健二「愛し愛されて生きるのさ」

    2013.03.18 Monday 05:55
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      うさぎ私が小沢健二(オザケン)を知ったのは平成元年、医学部生の時でした。当時、Flipper's Guitarで活躍中の彼が、東京大学在学中であることは分かっていました。が、最近まで知らなかったのです。小沢健二、村上春樹の共通項に柴田元幸がいるなんて(柴田教授は昨日紹介した本の著者)。

      小沢健二は柴田ゼミ(現代文芸論)出身なんですね! 私が村上春樹、小沢健二からなぜ刺激を受けるのか、納得しました。アメリカを深く知りながら、アメリカに同調していないんです

      Flipper's Guitarの歌詞にも彼の文学性が垣間見えますが、その造詣の深さはハンパないです(その例)。村上春樹が信頼を寄せる柴田元幸と対等に話す彼、スゴイです。いやー、こういう記事を見ると、人間って上を目指すと新しい地平が見えるって、勇気をもらうね。ホント。

      サリンジャー『ライ麦畑でつまかえて』の主人公ホールデンが、現代に生まれ変わって出てきたと言っても過言でないような存在のオザケン!小憎たらしいガキを演じていました。いやあれは地なのか?そう思わせるくらい、すごい家系の出です。

      ちなみにPizzicato Fiveの曲〈エアプレイン〉の歌詞に、「ふくれ面して黙ってるかと思えば 止まらないほどおしゃべりになる ホールデン・コールフィールドみたいとかなんとか言われてゴキゲンになるようなタイプ」とありますが、作詞者、小西康陽いわく「小沢健二を揶揄した」そうです!そんなオザケン、1998年から一切TVに出なくなったそうです。

      時代の節目を観ていたのでしょう。彼、Flipper's Guitarで活躍中、自身を評していたんです。「紙には強いが、電波にゃ弱い」。電波のTVはウザイってことでしょう。TVって気(電波、陽)のようにフワフワとあてのない、浮ついた時代のメディアでした。クラウド時代(ネットの海、陰)、既にTVはその役割をほぼ終えていると、私は思います。原発事故後、TVの垂れ流した情報、君、信じてる?あのフワフワ、嘘つきを。

      TVに出なくなった彼は、父・小澤俊夫(ドイツ文学者)が編集する季刊誌『子どもと昔話』で小説『うさぎ!』執筆により、「現代の資本主義末期の欺瞞に満ちた社会を風刺」したり、文学性を発揮していますが、プライベートに関しては沈黙を保ってきました。ところが、昨年末、久しぶりにネットに発言し、結婚、子どもが生まれる予定であることを報告しました。HPに掲載されたコメントがこちら

      「妊娠がわかってからもう大分経つのですが、僕としてはただ「女性ってすごいなあ」という感を強めるばかりで、男親および男性というものの役割は一体何なのか、裏庭を通りすがる近所のオス猫などをにらみつつ考えております。(中略)妻は一般人です。従って情報を出さないという選択肢もあるのですが、今どき、そのほうがむしろ誤情報が広まったりします。」

      最後がイイ。私が考えていたこと、その時期が一致して非常に嬉しかったのです。陰の時代にむけてブログを始めるよう背中を押してもらいました。ありがとうオザケン。

      小沢健二「愛し愛されて生きるのさ」

      ふてくされてばかりの10代をすぎ 分別もついて歳をとり
      夢から夢といつも醒めぬまま僕らは未来の世界へ駆けてく
      月が輝く夜空が待ってる夕べさ 突然ほんのちょっと誰かに会いたくなるのさ
      そんな言い訳を用意して 君の住む部屋へと急ぐ

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      古典の重要性が増してきた、新たな時代。 世間を騒がす論文捏造に思う。 「一日は千年のごとく、千年は一日のごとし。」

      2013.12.15 Sunday 22:30
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        お前の話は昨日は記事更新できず、すまなかったです。会合など多忙で眠くって眠くってzzz 

        さて今後、古典が必要と思うのは以下のような理由ダス。あくまで私個人の考えなんで聞き流してね。

        # 情報が多すぎて、どれが雑魚(ざこ)か、どれが食える魚か判別が難しい時代となった。
        # 社会が複雑化すればするほど原典、原点、原則、原理を人は求める。
        # 単純系の情報過多はかえって理解に複雑性を増す。一方、近年必要性が増してきた複雑系は単純性を重視する。
        # 100年、1,000年で人間の体、本質は変わらない。
        # 約100年前から始まった、未だかつてない世界的人口爆発に科学は非効率すぎて対応できない。
          (コストがかかりすぎる)
        # 啓蒙主義、科学主義の影に潜む問題に人々が気付きはじめた
          (パラダイム・シフト)。
        # 意識しようとしまいと、これから中世の時代に戻っていく

        そんなところかな。消去法で古典が必要、という消極的な選択かもしれないが、西洋医学も東洋医学もその潮流をモロ受けると思う。今はジェットコースターの天辺。

        えっ?西洋医学に雑魚はいないだろう?と。 そうかな? 高血圧治療薬「ディオバン」の論文捏造に次いで、「子宮頸癌ワクチン」の論文が販売元の製薬会社社員が身分を隠して執筆していたと、つい最近ニュースになったけど…新聞読んでない?

        少なくとも172本の論文捏造をした麻酔科医iPS細胞の論文捏造で一躍有名になった森口氏いずれも昨年の話題だけど…まぁ氷山の一角でしょうな。

        わたしゃ他のワクチンは別として、「子宮頸癌ワクチン」だけはその存在意義が「つまらん!お前の話はつまらん!」と思っている医者で、実際今まで1名たりとも接種はしたことがないんですが何か?今回のニュースを読んで「ほら、まぁそうだよね」と思ったよ。

        不特定多数とSEXしない方がよっぽど子宮頸癌になるリスクを減らすんだけどね。ヒトパピローマウイルス(HPV)って型がたくさんあるから。ほらアデノウイルス、インフルエンザウイルスが大人でも重症化するのと同じだわ。

        君もあんまりCM、新聞などのメディアを過信しない方が良いよ。311直後の原発爆発、その後のメディアのアタフタぶり、あれも氷山の一角でしょうな。

        「愛する者よ、汝(なんじ)らこの一事を忘るな(わするな)。主の御前には一日は千年のごとく、千年は一日のごとし。」(新約聖書 ペテロ第二 3章8節)

        「空の鳥を見よ、播かず(まかず)、刈らず、倉に収めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ。」(新約聖書 マタイによる福音書 6章26節)


        医学部時代、電線にとまって羽を休めているスズメを見ながら、私こんなことを考えた…
        『1,000年を1日』と感じる存在、神がいるとしたら、このスズメと私が過ごす2日間って2,000年として神はとらえるんだろうなぁ」と。「そうか!こいつ2日前にイエス・キリストって男に会っているのかもしれねぇな!オイ、そこのスズメ!あの人の顔、覚えてるか?

        まぁ戯れ言ですな。でも今自分が、リアリティに満ちたものとして古典を嬉嬉と読んでいることと、医学部時代の天が啓けたような感動とが全く無縁ではないような気がするんだよね。特に無名性、匿名性のある古典、つまり作者不明の古典ほど読んでいて感動するんだねぇ。昨今「俺、俺」と捏造論文をジャカジャカ垂れ流している業界よりも、よっぽど意味がある、ね。

        ということで、明日は次の小沢健二 - 久米宏 インタビューの内容について続きを。

        人間、100年くらいでそんな変わらないだろうと思ってるんで。…テヘッ!真面目ですね。」(小沢健二)

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        死んだダチ公のために。  STUTS feat.PUNPEE『夜を使いはたして』

        2017.01.07 Saturday 01:00
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          新たな旅立ちのために。
          昔のことを思い出している。
          最近めくるめく拡がる世界のなか。
           
          重要な決断をするとき。
          身ぐるみはがされる覚悟をするとき。
          そこに残るものが、そいつの本質。
           
          私の核 core は、ヤツに行き着くらしい。
          浪人時代に他界した友人に。
           
          約30年前、私が高校3年生、つまり医学部を受験する直前にもらった年賀状。

          次は現役合格が果たせず、上京し浪人生活を送ることを決めた直後に、届いた手紙。
          この時、もらった彼の写真は今も机の一角を占めている。彼はこの6ヶ月後、天に帰った。ひとあし早く。光のように速く。
           
          若い自分の熱情って凄かったんだな、と今にして思う。勉学にいそしんだもんね。高校2年生以降は。ヤツに医学部合格したこと、国家試験に合格したことを伝えてやりたい一心で(笑)
           
          「聴診器を最初にあてるのが、お前でもイイか?」と言ってみたかった。
          …しかし、う〜ん。このセリフ…やばいな。同姓だから許されるが、性別やら年齢やら状況を間違えると(笑)
           
          以下ダチ公が他界して13年後(私が医者になって7年目)、彼の親御さんからいただいた手紙の一部。
          そうだった。私に送る写真。彼が真剣に選んだ1枚だったんだよネ。
           
          今日、紹介する Music Video(MV) の中、「2016年」から「2036年」まで、20年間があっという間にタイムシフトしている。この感覚は、今の年齢になると腹の底からわかる。
           
          あっという間だったよ。そして、目をつぶれば、あれから何も変わってない気がする。そう!無理に変える必要がないものが、この世にはある。
           
          さて…MVで出てくるオジサンは、ラップをかましている PUNPEE の実の父親らしい(→ PUNPEE本人の tweetで、似た人を探してきたことが判明 m(_ _)m )。やっていることが若いネ!笑
           
          天上から眺めているアイツからすれば、このMVのタイム感は、止まってしまった1988年から2017年を俯瞰して、「ヒロミツくん、29年間あまり変わってないね?笑」ってこと、なんだろう。
           
          曲名のように、夜はときには「使いはたす」ものなのだろう。
          また夜は、朝を開くためにも、存在する。
           
          私の眼前にあった長い夜は、もうすぐダチ公と共に終わらせよう。
          人生は楽しんだ者が勝ち、さ。
           
          STUTS feat.PUNPEE『夜を使いはたして』
          今ここにいない ダチ公のために
          大きな朝焼けを見ているのかも
          歌詞 youtube公式版参照)
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