自己紹介「坂本ですが?」-5

2017.02.01 Wednesday 00:00
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    坂本ですが?-9

    昨日記事の続き)
    浪人時代に『東京に原発を!』などの本で、原発の危険性を知っていた私、医学部に入ってすぐIPPNWというノーベル平和賞(1985年)を受賞した、核兵器に反対する医師の世界大会に行きました。当時の予備知識があったため、2年前の福島原発事故は「やっぱり起きたね」と非常に残念でした。

    医学部1年で学祭に広島・長崎原爆のパネル展をやったり…まぁ真面目な面もある一方で、音楽好きな友人にいろんな音楽を教えてもらったり、体を張った芸を覚えたり、楽しい6年間でした。あっ!医学部は6年ね。留年なしヨン。

    死にゆく人を看取るターミナルケアにも興味があり、内科か小児科、どちらにするかで迷いました。「小児科は忙しいだけで儲けも少ないし、お前にはもったいないぞ」と助言してくれた友人もいました。でも、幼少時に大病から生還したこと、他界したM君、あともう1点を思い、小児科医になることを決断しました。最後の1点は、また機会があったら記事にします。

    その後、小児科の専門医を取得し、国立大学医学部附属病院で骨髄移植、臍帯血幹細胞移植、抗がん剤治療などの診療に従事しました。新生児医療、地域医療などほとんど網羅すべきことをやり、体も心も人間全体を診るクセがついたことは(まともな小児科医なら当然なのですが)本当に良かった。今の東洋医学、漢方診療に役立っています。消化器内科、血液内科、循環器内科…内科は際限なく分化していきますが、小児科はそんなことはあ〜りません!

    「何でも屋」と揶揄される小児科医だから、何でも診ることができる東洋医学・漢方診療になじんだんでしょう。今、漢方の仕事が楽しくて仕方ないです。ワクワクしながら生きること。大切ですよね!

    M君の話、重かった?そうだよねぇ。こんなepisodeがあるから医者としての資格があるとか、優秀な医者だ、なんて妄想を抱かれるのも不本意なんで封印してきたんだよねぇ。(明日の記事が、自己紹介ラスト)

     

    再掲記事【2013年4月7日6時40分】

    category:自己紹介 | by:坂本ヒロミツcomments(0)trackbacks(0) | -
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