本紹介3『異端の数ゼロ』 ゼロがあるから永遠がある

2013.01.18 Friday 11:34
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    異端の数0

    『FREE <無料>からお金を生みだす新戦略」(クリス・アンダーソン著)に引用文があり、チャールズ サイフェ著『異端の数ゼロ』を知りました。
     
    東洋で見出されたゼロ0
    今日は陰と0の関係です。

    0は不思議な数字です。例えば、数字を0で割っていいのか?(ゼロ除算
    1=2の世界が出来てしまうからダメとする者もいれば、いや1÷0=∞(無限大)が正解という者もいます。

    0×1=0 また0×2=0 なので0×1=0×2 ここまではOK。だけど、この0を消す目的で両辺をゼロ除算すると、(0/0)×1=(0/0)×2 となり結果、1=2となります!だから0で割っては駄目!
    いやいや、1÷1=1、1÷0.1=10、1÷0.01=100・・・と分母を無限に小さくゼロに近づけると無限大!だから1÷0=∞!
    どちらも正しく見えます。

    0(空)と∞(永遠)はコインの表裏。数学も物理も最終的には哲学です。古代ギリシャは、0の存在を知りつつ定義付けしませんでした。本書の副題通り、0は「数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念」なのです。

    サイフェはこう考えます。
    「ギリシャ人とは違ってインド人は数字が現実の物事だけを表すものだとは見ずに、概念としてもとらえた。東洋の神秘主義は陰と陽の二重性を通して、有形と無形のものを両方ともとりこんだ。"zero"の語源はインドにある。インドでゼロは「空」を意味する"sunya"であり、それがアラビア語の"sifr"に転じて、西洋の学者がラテン語化し"zephirus"として、それから現在の"zero"になったのだ。」

    ところで、1-1+1-1+1-1・・・を無限に繰り返すとどうなるでしょう。
    (1-1)+(1-1)+・・・と解釈すると0になるし、1+(-1+1)+(-1+1)+・・・と解釈すると1になる。1,0が行きつ戻りつ循環しているように見えます。まるで陰陽。闇、光、闇、光・・・。

    お坊さんが叩く木魚にはポンポンと叩く度に、陰・陽・陰・陽・・・と変わる意味が込められていたそうです。永遠に木魚を叩くことはできません。それでも月・太陽・月・太陽・・・世界は廻り続けます。

    私はこう考えます。
     
    ゼロは空っぽ、死などを連想させ、「陰」気に見えるけれど、
    ゼロがあるから永遠があるのさ。
    西洋が拒絶したゼロを積極的に、真摯に見つめた東洋はスゴイ!
    東洋哲学・東洋医学の包容力はスゴイのだ!
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