「びょうきはきらいだ」小学1年 坂本ヒロミツ

2016.01.10 Sunday 15:00
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    作文1「これは、あなたのさいふですか?」は、私が実家で大掃除した後に起きた惨事だったわけだけど…

    まぁいろいろ懐かしいものが出てくる!出てくる!

    この作文もその1つ。小学校1年の2学期末に書いたと思われる、私の作文

    以前、自己紹介(全6回-1)で述べたように私、幼少期に死亡もしくは植物状態になってもおかしくなかったんです。

    小学校1年生の時、病欠期間があまりに長いため留年するはずでした

    ま、詳しくは作文を読んでみてちょうだいな。


    作文2

    作文3

    作文4

    作文5

    作文6長文、おつかれ様でした。学会発表風に書くとこんな感じでしょうか。

    【症例は6歳男児。
    主訴は易感染症。既往歴に特記事項なし。現病歴です。X年3月、風疹性脳炎に罹患し某国立病院に入院。1週間持続するJCS3ケタの意識障害を伴いました。同年4月上旬に退院。

    以後麻疹、肺炎を含む反復する気道感染症、気管支喘息などにより入院を繰り返しております。…現症は…】

    …現在、彼はF10ライダーとなり、さっそうと世の中を走り抜け続けています…とかなんとか笑

    作文に出てくる小林先生は、私を留年とするか否か職員会議で検討中に「●●君なら大丈夫!」と発言し、それを阻止してくださいました。もうこの世にはいない先生。本当に感謝しています。


    「『僕はもうダメなんだ』と布団の中で悲しくなって泣きました。」

    「でも、何等でもいいんです。僕は自分の力で走ることができたのです。
    とっても、とっても、とっても、嬉しかった。」


    …う〜ん。それにしても、宮沢賢治の小説にでてくるような、絵本のような文章ですなぁ笑

    よーし!やるぞー!これからも!
    そして、死ぬときにもう一度思い出してみようと思うダヨ。
     

    「でも、何等でもいいんです。僕は自分の力で走ることができたのです。
    とっても、とっても、とっても、嬉しかった。」

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    小沢健二(オザケン)16年振りのテレビ出演!(明日3月20日) 小沢健二「さよならなんて云えないよ」

    2014.03.19 Wednesday 23:00
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      さよならなんて云えないよもうすぐ放送終了となるTV『笑っていいとも!』。

      なんと! 同番組に明日、あの小沢健二が出演するっす! いや〜これはスゴイ!
      16年間もTVに出ていないから、小沢健二ファンはもう絶叫モン。

      私もただいま夜空にむかって絶叫中!うぉ〜ん! ちなみに、このブログで「小沢健二」が登場する記事を検索したら、既にこれが16回目! 私が彼から受けた影響は大きいんだよなぁ…と、あらためて思うよ。

      「でも『笑っていいとも!』最後の祭りに何故オザケンなのか?」って思うでしょ? これは以前、同番組にオザケンが出演した際、司会者タモリがオザケンを大絶賛したエピソードと関係があるんだと思う。

      タモリ曰く…
      「俺、長年歌番組やってるけど『いい!』と思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね? 

      『左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる 僕は思う! この瞬間は続くと! いつまでも』って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん。」


      ミュージシャンでもあるタモリがここまで褒めるのは、本当に珍しい。かなり昔の話だけど、おそらくタモリが同様にベタ褒めしたミュージシャンって、(他局の歌番組を含めて)他にいないんじゃないのかな?

      とにかく明日は一大イベント! たぶんギターをもって登場すると思う。そして再びこの歌を歌ってくれねぇかなぁ。タモリが大絶賛したこの曲。新しい別れ、出会いにキュンとする歌詞。今の季節にピッタリ。

      小沢健二「さよならなんて云えないよ」

      南風を待ってる 旅立つ日をずっと待ってる
      "オッケーよ"なんて強がりばかりをみんな言いながら
      本当は分かってる 2度と戻らない美しい日にいると
      そして静かに心は離れてゆくと

      歌詞
       

      笑っていいともテレフォン・ショッキング(小沢健二)
       

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      追悼:大瀧詠一さん。 はっぴいえんど「抱きしめたい」

      2014.01.02 Thursday 20:00
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        ドラマー青山純さんが他界された同じ月、3日前2013年12月30日、大瀧詠一さんも旅立たれました。2人と共に仕事をしてきた山下達郎さんは、つらいだろうなぁ。私も思い入れのある1人なのでショックが大きい…。

        なにしろ昨年元旦、初めて書いた記事でテーマにした曲がはっぴいえんど「春よ来い」、その はっぴいえんど のvocalが大瀧詠一。Pizzicato five、小沢健二、cornelius、オリジナル・ラヴなど「渋谷系」の源流は大瀧詠一にある、と私も思っており、その自由な生き様も大好きだったんダス。

        彼の訃報で思い出したのが、はっぴいえんど「抱きしめたい」。たぶん先月末に観てきた「東京ミチテラス2013」の影響もあるんだろうなぁ。東京駅から皇居を目指して光の線路がしかれ、その上に機関車D51などの車輪が置かれていたんだけど、その線路の先は天を指してたよ。まるで『銀河鉄道の夜』のようだった。そして彼が作ったこの曲のようだった。

        ミチテラス

        さらば巨星、大瀧詠一。ありがとう。
         

        はっぴいえんど「抱きしめたい」

         冬の機関車は
        走ります
        きみの街はもうすぐなんです

        ゴオ ゴオ ゴオ と
        雪の銀河をぼくは
        まっしぐらなんです

        歌詞

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        「君」って誰? サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』と小沢健二『痛快ウキウキ通り』の不思議な関係。

        2013.12.28 Saturday 20:30
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          キャッチャー・イン・ザ・ライクリスマス前に紹介した曲、小沢健二『痛快ウキウキ通り』。 「実はよくよく聞くと変。どこが変なのか分かる?」と書いたけど…君、分かった?このマフラーを巻いて街に出た男、まだ「君」に出会っていないえっ?!

          「プラダの靴が欲しいの」


          このセリフは正に「君」なる女の子が発したことばじゃないの?実際、あの星野源も最初は「プラダの靴」に「チャラチャラした」イメージがつきまとって歌詞の深さに気付かなかった(末尾で紹介)ようだし 、明るい曲調でサーァッと聞き流しやすいんだけど…

          「クリスマスイブも過ぎて1年遅れで買うプレゼント 遅れてごめん!残念無念! 済まない気持ちはサルにもあるとか言うけれど」

          …さすがに1年遅れじゃなくて、まずは謝って買うよね?

          「それでいつか君と僕とは出会うから」

          …えっ?「君」って男の中の妄想なのか?

          そう妄想なんだろうね。男は「君」とまだ出会っていない。そもそも「君」とは自分自身なのかもしれない。そう考えると 結構、こわい曲でもあるんだよねぇ。

          以前紹介したJ.D.サリンジャー小説『ライ麦畑でつかまえて』を村上春樹が翻訳しなおしたものに、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』があるんだけど、 この村上春樹翻訳を読むと『痛快ウキウキ通り』の深さが分かると思う。

          この曲の男は、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の主人公 ホールデンの映し鏡なんじゃないか、そう私は思うんだよねぇ。ちなみに調べてみたけど『痛快ウキウキ通り』と『ライ麦畑でつかまえて』の類似点について述べたブログや本は、今の段階では見つけられなかったよ。

          小説のネタバレはしたくないので、詳細は書かないけど…ホールデンは16歳の男の子。ある事情で学校を退学させられ、クリスマスシーズンに都会の故郷、 実家へ戻る。ねっ!オザケンの曲もクリスマスだよね。

          しかし恥のためか親に連絡をとれず、実家にもコソコソ泥棒のように入り、親に会わず雑踏へ戻る。旅人のように都会の中でさまよい続け、17歳で療養所と思われる施設に入所しているホールデン。

          「こうして話を始めるとなると、君はまず最初に」の書き出しで始まる『キャッチャー・イン・ザ・ライ』。ホールデン自身がひたすら「君」に向け語りかける形式でこの小説は進んでいくんだけど、アクセルを踏まれるように次第に描写が病的になっていく。

          SEXしたくてたまらないのに経験がないもんだから強がってみたり、金に困っているのに金をあげようとしてみたり少年特有のドタバタぶりがいとおしい反面、殴られたり友人の自殺の描写など「イタミ」を表現したエグイ箇所が多いのもこの小説の特徴だろうねぇ。

          さて『痛快ウキウキ通り』に戻ると、そもそもこの「痛快」ってのもウキウキした楽しさから来てるのか、逆に 「イタイ」男の「痛快」なのかは判然としないんだよね。歌詞にも「唾を吐き」「しびれっぱなしの手」「鼻水出りゃこすりながら」「痛快に…歩いてく」と、青年特有の「イタミ」「強がり」があるように私は思うよ。淋しさが入り混じる歌。都会のブルース。

          ホールデンもウキウキ通りの男も神経症の要素が多いんだと思う。そして「隅々まで空虚に都会化された現代」、 グローバリズムってヤツは神経症を生み出す下地があるように私は思うんだよねぇ。この曲の歌詞に「クラクション鳴らして車が走っていく」 とあるけど、クラクションは私にもそして「君」にも鳴らされてるのかもしれないぜ?

          最後に村上春樹、柴田元幸(小沢健二が東京大学で師事した教授)の共著『翻訳余話2 サリンジャー戦記』にある、こんな会話を。

          村上「本当はこの小説の中心的な意味あいは、ホールデン・コールフィールドという1人の男の子の内面的葛藤というか、『自己存在をどこにもっていくか』という個人的な闘いぶりにあったんじゃなかったのかということなんです。」

          柴田「対社会ではなく。」

          村上「対社会ではなく。もちろんそれはあるわけなんだけど、それよりはむしろ、自分自身の意識状況とのせめぎあいというほうに、重みが込められているんじゃないか、という気がしたんですよ。だから、訳すときにも、そういう視点から物語の全体を眺めていくというところはありましたよね。視座の据え方というか。」

          柴田「そうすると、『君』がどこにいるのかが大きな問題になる。」

          村上「そういうことですね。ひとつの考え方としては、『君』というのが自分自身の純粋な投影であってもおかしくないということです。それがオルターエゴ(もうひとつの自我)的なものであってもおかしくない。そうじゃないかもしれないけど、いずれにせよ、そのへんの感触は大事なんじゃないかと。」

          星野源の『痛快ウキウキ通り』解釈(ラジオ番組:RADIPEDIAより)

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          冬至 小沢健二「痛快ウキウキ通り」

          2013.12.22 Sunday 22:00
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            痛快ウキウキ通り今日は1年で夜が最長の日。そう、24節気の冬至夏至の裏返し。

            72候では今の時節は「乃東生(なつかれくさ しょうず)」。この「なつかれくさ」とは生薬でも用いる「夏枯草(カゴソウ)」のこと。やっぱり日本の風習、日常生活に生薬は溶け込んでいたんだねぇ。

            今日は原宿、青山、渋谷をハシゴしていた私。表参道ヒルズ近くに最近できた FLYING TIGER COPENHAGEN という雑貨屋さん、いやはやメチャクチャ混んでた!トホホ…約30分待ちで入店。

            「ここはディズニーランドか?店内の混み具合は年末のアメ横か?レジ待ちでまた並ぶんかい!」と一人ツッコミしてたぜぃ。日本人って本当に辛抱強いよねぇ。


            店を出たらもう夜?アレ?と思ったけど「そうか、今日は一番長い夜なんだ」と思い出したよ。表参道駅を利用する都合上、表参道のイルミネーションも眺めたんだけど、そりゃあまぁひどい人混みだった!警備員さんが各交差点で群衆に「車道で写真を撮るのはお止め下さい!」と連呼してたよ。

            わたしゃ、おのぼりさん、気逆の人(来年記事にする)が少ない正月にもう1回、ゆっくり行ってみることにするよ。
            クリスマスも近いことだし表参道といったら、こんな曲あっ!この曲、実はよくよく聞くと変。どこが変なのか分かる?クリスマスが明けたら続きを記事にするね。

            小沢健二「痛快ウキウキ通り」

            プラダの靴が欲しいの そんな君の願いを叶えるため
            マフラーを巻いて 街へ出て
            恥ずかしながらもウキウキ通りを行ったり来たり
            喜びを他の誰かと分かりあう!
            それだけがこの世の中を熱くする!
            降りしきる 雪の中 肝心かなめの夜はまだ
            クラクション鳴らして車が走ってく

            歌詞

            エミリー・ディキンソン“Hope” is the thing with feathers. (希望という言葉は あの 羽のあるやつ)

            2013.12.21 Saturday 15:30
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              エミリー・ディキンソンは19世紀を生きたアメリカの詩人。今でいうパニック障害、広場恐怖、引きこもりの要素のキャラクターをもっていたと思われる女性なんだけど、現代を生きる君にも通じる感性をもっていたと思う。

              子どもたちを診療していると、引きこもりの中に本当の天才が隠れている、社会のヒント、宝が眠っているように思うことも多々あるんだよね。

              さて次は彼女による詩。翻訳は柴田元幸氏。小沢健二が東京大学で所属した教室の教授だったね。

               
              “Hope” is the thing with feathers -  
              That perches in the soul -
              And sings the tune without the words -
              And never stops - at all -

              And sweetest - in the Gale - is heard -
              And sore must be the storm -
              That could abash the little Bird
              That kept so many warm - 
               
              I’ve heard it in the chillest land -
              And on the strangest Sea -
              Yet - never - in Extremity,
              It asked a crumb - of me.

               
              希望という言葉は あの 羽のあるやつ−
              たましいの中にとまって
              歌詞のない歌をうたい
              けっしてやめない いっときも−
               
              いちばん 大風のときが こころよく聞こえる−
              よっぽどひどい嵐でないかぎり
              あの小鳥が 恥入ったりはしない
              ほんとうに たくさんのひとを暖めてきたのだ−
               
              おそろしく凍てつく地でも わたしは聞いたし
              どこより未知な海の上でも 聞いた−
              なのに−ぜったい−どんなにひどい時にも、

              鳥はパンくずひとつ わたしに求めたことはない。
              (柴田元幸訳) 

              今日は満月。ブログ開始1年をふりかえりながら… 小沢健二「天使たちのシーン」

              2013.12.17 Tuesday 17:30
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                dogs今年も残り2週間。私は昼の仕事は学会に向けてガツガツやってるけど、夜の仕事はユルユル。すでに年末年始モードに入ってるけど、君はどう?

                記事も年末に向けてユルイものにしていくつもり。なので気滞、気逆の続きは年明けにする予定ダス。

                今日は今年最後の満月。あいにく太平洋側の一部しか見えないようだけど、満月といえば小沢健二の曲「ローラー・スケートパーク」

                「誰かがあくびをしていつか眠る時も 満月はずっとずっと照らしてる 通りを渡る人の波の中 シンコペーションつけたクリスマスソング

                他、月が歌詞に登場してさらにグッとくる曲なら同アルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』収録、「天使たちのシーン」

                時間の種類にはクロノス、カイロスがあることを以前の記事に書いたけど、この曲もカイロスを意識してるんじゃないかな?

                「夏」が「瞬間」だったり…「風船」の「行方を気に」して天・宇宙・永遠を意識させたり…つまり 「一日は千年のごとく、千年は一日のごとし。」 のように時間が変質するんだね。「気」の観方でみえてくる世界。ジャケット(写真)から感じるのも風つまり「気」なのかも、ネ。

                ところで、おばあちゃんを診察すると、時々「乙女の恥じらい」のように両手を胸の前に重ねて頬をポッと赤らめる方がいるんだけど、私もポッ!(笑) たぶんカイロスなんだよね。 いつまでたっても女性は乙女、女の子の面があるんだな。

                そんな彼女に自分の現実を分からせるべく手鏡を渡すなんてぇのは…野暮ってもんよ!乙女のままでいさせりゃいいんだな。医療は医学だけでは成立しない、つまりアート(Ars, 芸術)なんだね。

                俯瞰的でありながら主観が消えていない、俳句のような本当に美しい曲だと思う。 ブログを始めて1年。少し感傷的になってるんダス。ワタス。

                小沢健二「天使たちのシーン」

                涙流さぬまま 寒い冬を過ごそう
                凍えないようにして 本当の扉を開けよう カモン!

                月は今 明けてゆく空に消える
                君や僕をつないでる緩やかな 止まらない法則 ずっと

                神様を信じる強さを僕に 生きることをあきらめてしまわぬように
                にぎやかな場所でかかりつづける音楽に 僕はずっと耳を傾けている

                歌詞

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                「人間、100年くらいでそんな変わらないだろうと思ってるんで。(小沢健二)」 「ノーマルな東洋医学をやっています。(坂本ヒロミツ)」

                2013.12.16 Monday 18:30
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                  オザケン昨日紹介したインタビューは1995年(平成7年)の小沢健二この年と翌年、2回NHK紅白にも出場してノリにノッテる頃。

                  彼がソロ活動を開始する前は小山田圭吾(コーネリアス)らとFlipper's Guitar1, 2)というバンドをやっていて当時は尖っていた。

                  そのツンとすました態度、インタビュワーを怒らせる答弁などよく物議をかもしていたんだよねぇ。それも計算してやっていたんだと思う。憎たらしいほどにクレバー。

                  だからその後の活動や言動をみて、「ん?」と感じた人は多かったはず。「言動が自由になったなぁ!いや自由すぎる!」と私は嬉しくなった方だけど、彼の輝きに対するネタミなのかヒガミなのか猛烈にオザケンを嫌う人も多かったねぇ。彼の表層を見ていると確かにそう思うだろうねぇ。

                  しかし根はマジメ。そして、ただの「おぼっちゃん」ではないんだね。「自由に生きればいいんじゃね?」というロックを今でも感じる。商業主義に毒されなかったロック。オザケンのように、好きに生きると味方だけでなく敵もできる。その通り。それでイインジャネ?

                  私も東洋医学を「やること、やるだけ」「もぅ、いいもん創るだけ」と言えるようありたいっす。そしてこう言うのさ。

                  「そんな特殊なことをやっているつもりもないですし、ノーマルな東洋医学をやっています。」

                  最後、昨日の発言内容を備忘録として掲載(インタビュワーは久米宏)。引用始。

                  久米東大でアメリカ文学勉強してミュージシャンになっちゃったのには特に何かあるんですか?」

                  小沢「あ、いや矛盾しないんで…そのまま…そんなねぇ全然違うことを始めたって思ってはいないです」(中略)

                  久米「大体自分の考えた通りに社会の中をずっと突き進んでここまで生きてきたって感じはありますか?」

                  小沢「否(即答)。社会の中とか分からないんで、やることやるだけです。もぅ、いいもん創るだけです。だからねぇ、渋谷系と言われるの本当分からないです。(中略)僕はやっぱり、なんか子どもから老人まで楽しめるものというか、そういうのを作っているつもりなので。そんな特殊なことをやっているつもりもないですし、そんなにいろんな種類の人間がいるとも思っていないので…ノーマルなことをやっています。」

                  久米「人間、基本的にはお年寄りから子どもまで考えていることは同じだしね。」(中略)

                  FMで小沢健二の歌に衝撃を受けた小宮アナ、曲名も分からぬままショップに行って店員に口ずさんでCDを購入した、という流れで…

                  小宮私たちのリアリティ、生活実感って表せなくなってたんですよ。そこにユーミンとかサザンとかが出てきて、これだよっ!って思えたんですよね。そんな感じがやっぱり小沢さん(の曲)を聞いた時に(これだよっ!って思えた)。私のリアリティとはちょっとずれてますけどね。」

                  小沢「(嬉しそうに)いやそんなことないですよ、全然。僕、絶対ずれてないですよ。小宮さんのそういうリアリティとかと。自信があります。」(中略)

                  久米「自分の中にあるものを表現したいのか、人に何かを訴えたいのか。つまり自分が満足したいのか、人に何かを訴えたいのか、どっちなの。」

                  小沢「自分が満足したいでは、ヤッパないですね。それは聞く人がいて、僕がいて、きっと何か同じそういうリアリティじゃないけど、そういう何かが『あっ!』と一瞬でもいいから感じられるようなものを創ろうと思っていて、それが別に年齢とか性別とか住んでるところとかで、その『あっ!』と思うところが別になるとは僕は思っていなくって。そんな人間、100年くらいでそんな変わらないだろうと思ってるんで。…テヘッ!真面目ですね(笑)。」(以上、引用終)

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                  古典の重要性が増してきた、新たな時代。 世間を騒がす論文捏造に思う。 「一日は千年のごとく、千年は一日のごとし。」

                  2013.12.15 Sunday 22:30
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                    お前の話は昨日は記事更新できず、すまなかったです。会合など多忙で眠くって眠くってzzz 

                    さて今後、古典が必要と思うのは以下のような理由ダス。あくまで私個人の考えなんで聞き流してね。

                    # 情報が多すぎて、どれが雑魚(ざこ)か、どれが食える魚か判別が難しい時代となった。
                    # 社会が複雑化すればするほど原典、原点、原則、原理を人は求める。
                    # 単純系の情報過多はかえって理解に複雑性を増す。一方、近年必要性が増してきた複雑系は単純性を重視する。
                    # 100年、1,000年で人間の体、本質は変わらない。
                    # 約100年前から始まった、未だかつてない世界的人口爆発に科学は非効率すぎて対応できない。
                      (コストがかかりすぎる)
                    # 啓蒙主義、科学主義の影に潜む問題に人々が気付きはじめた
                      (パラダイム・シフト)。
                    # 意識しようとしまいと、これから中世の時代に戻っていく

                    そんなところかな。消去法で古典が必要、という消極的な選択かもしれないが、西洋医学も東洋医学もその潮流をモロ受けると思う。今はジェットコースターの天辺。

                    えっ?西洋医学に雑魚はいないだろう?と。 そうかな? 高血圧治療薬「ディオバン」の論文捏造に次いで、「子宮頸癌ワクチン」の論文が販売元の製薬会社社員が身分を隠して執筆していたと、つい最近ニュースになったけど…新聞読んでない?

                    少なくとも172本の論文捏造をした麻酔科医iPS細胞の論文捏造で一躍有名になった森口氏いずれも昨年の話題だけど…まぁ氷山の一角でしょうな。

                    わたしゃ他のワクチンは別として、「子宮頸癌ワクチン」だけはその存在意義が「つまらん!お前の話はつまらん!」と思っている医者で、実際今まで1名たりとも接種はしたことがないんですが何か?今回のニュースを読んで「ほら、まぁそうだよね」と思ったよ。

                    不特定多数とSEXしない方がよっぽど子宮頸癌になるリスクを減らすんだけどね。ヒトパピローマウイルス(HPV)って型がたくさんあるから。ほらアデノウイルス、インフルエンザウイルスが大人でも重症化するのと同じだわ。

                    君もあんまりCM、新聞などのメディアを過信しない方が良いよ。311直後の原発爆発、その後のメディアのアタフタぶり、あれも氷山の一角でしょうな。

                    「愛する者よ、汝(なんじ)らこの一事を忘るな(わするな)。主の御前には一日は千年のごとく、千年は一日のごとし。」(新約聖書 ペテロ第二 3章8節)

                    「空の鳥を見よ、播かず(まかず)、刈らず、倉に収めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ。」(新約聖書 マタイによる福音書 6章26節)


                    医学部時代、電線にとまって羽を休めているスズメを見ながら、私こんなことを考えた…
                    『1,000年を1日』と感じる存在、神がいるとしたら、このスズメと私が過ごす2日間って2,000年として神はとらえるんだろうなぁ」と。「そうか!こいつ2日前にイエス・キリストって男に会っているのかもしれねぇな!オイ、そこのスズメ!あの人の顔、覚えてるか?

                    まぁ戯れ言ですな。でも今自分が、リアリティに満ちたものとして古典を嬉嬉と読んでいることと、医学部時代の天が啓けたような感動とが全く無縁ではないような気がするんだよね。特に無名性、匿名性のある古典、つまり作者不明の古典ほど読んでいて感動するんだねぇ。昨今「俺、俺」と捏造論文をジャカジャカ垂れ流している業界よりも、よっぽど意味がある、ね。

                    ということで、明日は次の小沢健二 - 久米宏 インタビューの内容について続きを。

                    人間、100年くらいでそんな変わらないだろうと思ってるんで。…テヘッ!真面目ですね。」(小沢健二)

                    category:ベクトル | by:坂本ヒロミツcomments(0)trackbacks(0) | -

                    割り切れない話。1オクターヴの深〜い話。東洋は割り切らない(連続性、主観性、宇宙性、無限性)。

                    2013.10.16 Wednesday 23:30
                    0

                      スーホの白い馬そろそろ東洋医学の話をしなくちゃ!忘れてた!10月11日の記事「デジタル - アナログ」「有限音階 - 無限音階」「西洋医学 - 東洋医学」と対比して書いたネ。

                      結論から書くと…君の聞いている音楽って普通は「有限音階」なんだねぇ。
                      …えっ?そこから入るの?東洋医学では?…
                      まぁそう言わずに。

                      ギターの12フレットって、1本1本の弦のちょうど半分の位置なんだけど、ここはちょうど1オクターヴ上の音が出るんだぁね。例えば6弦(一番上、一番太い弦)に指をかけずに弦をはじくと、E(ハ長調なら ミ )の音が出ます。じゃあ問題!

                      同じ6弦の12フレットを指で押さえて弦をはじくと…さぁて何の音が出る?

                      そう!答えは「1オクターヴ上のEの音が出る」。その間の11の音は、半音ずつ「割り切って」いる。ピアノでいえば、白鍵、黒鍵、白鍵、黒鍵…のように半音ずつ上がっていくんだねぇ。

                      このように、1オクターヴなどの音程を均等な周波数比で分割した音律「平均律」とよぶんだね。ほ〜ら勉強になるねぇ!
                      「でもちょっとオカシクな〜い?」(女子高生風に言ってみて!…いや君は男だったか!…できれば女の子だけに頼む!)
                      だってさぁ、音と音の間ってないの?そもそも1オクターヴを12で「割り切って」いいの?

                      そうなんだねぇ!今ちまたにあふれる音楽が「十二平均律」という、当たり前とおもわれている音に完全にのっとられているんだねぇ。この事に関しては以前紹介した『モンキービジネス』(2011年夏号)という雑誌の中で、小沢健二も違和感を表明してるんだねぇ。さすがオザケン!

                      そして3度の音、つまりマイナーコード(悲しそうな)かメジャーコード(嬉しそうな)かを決める重要な音がほとんど無視されていた時代、地域もあったようで、普段聞き慣れている音って結構あてにならないモンなんだぁね。

                      よくよく考えてみると…「平均律」に規定された音ってデジタル!ほら1月に書いた記事「・・・Mac, iPhone, iPadはデジタルでないの?・・・ジョン・ケージ「4分33秒」 デジタルとdigit(指) ピアノもパソコンもKeyboard」を見返してみると…ピアノを叩く指(digit)は発音上もデジタルと相性がいいんだねぇ。

                      ピアノって楽器自体が西洋的なんだねぇ。叩く、決まった場所の音しか許さない。完全に調律しないと場にそぐわない。

                      ひるがえって東洋の楽器って面白いものが主役になったりするよねぇ?たとえば胡弓、篳篥(ひちりき)、尺八など。完全に調律しなくても演奏者側で微妙に音を調節できる、良い意味での曖昧さ、ゆらぎがあるのはピアノと相容れない要素かもしれないねぇ。

                      ふぅ…つ・ま・り?
                      ピアノは有限音階、デジタル、西洋的なんです。
                      一方、先日のYMO「LOOM / 来たるべきもの」無限音階、アナログ、東洋的なんです。

                      「イヤイヤ!!(×2) YMOはデジタルでしょう!シンセサイザーなんだから!」という声が一斉にあがってるけど…
                      あの曲「LOOM / 来たるべきもの」に関して言えば無限音階であるがゆえにアナログ、東洋的だと私は思うんだねぇ。

                      どこから曲が始まってどこで終わっているのか分からない。平均律の音と音の間に「無限の音がある」(虚無、宇宙)。… 無限、無に有がある、有に無がある …

                      最後に『スーホの白い馬』って話、知ってる? もしあの白馬が「ピアノの弦になりました」という結末だったら、どうも納得いかないでしょう? ピアノって「平均律」だけに「割り切った」話に聞こえるんだねぇ!うまい!座布団あるだけ持ってこい!
                      ね?ピアノだとちょっと客観的すぎない?不思議でしょ?

                      あの物語はスーホが楽器(馬頭琴)を暖めるように、抱くようにして直接弦をさするから哀悼の感情が共有できるんだよなぁ。「割り切れない」話っていろいろあるんだよ。そう思うんだけど。

                      …アレ?泣いてるの? 東洋医学って「割り切らない」医学って伝えたいんだけど…いや…「あなたは煮え切らない男」ってカエシはいらない…


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