今日は満月。ブログ開始1年をふりかえりながら… 小沢健二「天使たちのシーン」

2013.12.17 Tuesday 17:30
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    dogs今年も残り2週間。私は昼の仕事は学会に向けてガツガツやってるけど、夜の仕事はユルユル。すでに年末年始モードに入ってるけど、君はどう?

    記事も年末に向けてユルイものにしていくつもり。なので気滞、気逆の続きは年明けにする予定ダス。

    今日は今年最後の満月。あいにく太平洋側の一部しか見えないようだけど、満月といえば小沢健二の曲「ローラー・スケートパーク」

    「誰かがあくびをしていつか眠る時も 満月はずっとずっと照らしてる 通りを渡る人の波の中 シンコペーションつけたクリスマスソング

    他、月が歌詞に登場してさらにグッとくる曲なら同アルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』収録、「天使たちのシーン」

    時間の種類にはクロノス、カイロスがあることを以前の記事に書いたけど、この曲もカイロスを意識してるんじゃないかな?

    「夏」が「瞬間」だったり…「風船」の「行方を気に」して天・宇宙・永遠を意識させたり…つまり 「一日は千年のごとく、千年は一日のごとし。」 のように時間が変質するんだね。「気」の観方でみえてくる世界。ジャケット(写真)から感じるのも風つまり「気」なのかも、ネ。

    ところで、おばあちゃんを診察すると、時々「乙女の恥じらい」のように両手を胸の前に重ねて頬をポッと赤らめる方がいるんだけど、私もポッ!(笑) たぶんカイロスなんだよね。 いつまでたっても女性は乙女、女の子の面があるんだな。

    そんな彼女に自分の現実を分からせるべく手鏡を渡すなんてぇのは…野暮ってもんよ!乙女のままでいさせりゃいいんだな。医療は医学だけでは成立しない、つまりアート(Ars, 芸術)なんだね。

    俯瞰的でありながら主観が消えていない、俳句のような本当に美しい曲だと思う。 ブログを始めて1年。少し感傷的になってるんダス。ワタス。

    小沢健二「天使たちのシーン」

    涙流さぬまま 寒い冬を過ごそう
    凍えないようにして 本当の扉を開けよう カモン!

    月は今 明けてゆく空に消える
    君や僕をつないでる緩やかな 止まらない法則 ずっと

    神様を信じる強さを僕に 生きることをあきらめてしまわぬように
    にぎやかな場所でかかりつづける音楽に 僕はずっと耳を傾けている

    歌詞

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    「君」って誰? サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』と小沢健二『痛快ウキウキ通り』の不思議な関係。

    2013.12.28 Saturday 20:30
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      キャッチャー・イン・ザ・ライクリスマス前に紹介した曲、小沢健二『痛快ウキウキ通り』。 「実はよくよく聞くと変。どこが変なのか分かる?」と書いたけど…君、分かった?このマフラーを巻いて街に出た男、まだ「君」に出会っていないえっ?!

      「プラダの靴が欲しいの」


      このセリフは正に「君」なる女の子が発したことばじゃないの?実際、あの星野源も最初は「プラダの靴」に「チャラチャラした」イメージがつきまとって歌詞の深さに気付かなかった(末尾で紹介)ようだし 、明るい曲調でサーァッと聞き流しやすいんだけど…

      「クリスマスイブも過ぎて1年遅れで買うプレゼント 遅れてごめん!残念無念! 済まない気持ちはサルにもあるとか言うけれど」

      …さすがに1年遅れじゃなくて、まずは謝って買うよね?

      「それでいつか君と僕とは出会うから」

      …えっ?「君」って男の中の妄想なのか?

      そう妄想なんだろうね。男は「君」とまだ出会っていない。そもそも「君」とは自分自身なのかもしれない。そう考えると 結構、こわい曲でもあるんだよねぇ。

      以前紹介したJ.D.サリンジャー小説『ライ麦畑でつかまえて』を村上春樹が翻訳しなおしたものに、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』があるんだけど、 この村上春樹翻訳を読むと『痛快ウキウキ通り』の深さが分かると思う。

      この曲の男は、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の主人公 ホールデンの映し鏡なんじゃないか、そう私は思うんだよねぇ。ちなみに調べてみたけど『痛快ウキウキ通り』と『ライ麦畑でつかまえて』の類似点について述べたブログや本は、今の段階では見つけられなかったよ。

      小説のネタバレはしたくないので、詳細は書かないけど…ホールデンは16歳の男の子。ある事情で学校を退学させられ、クリスマスシーズンに都会の故郷、 実家へ戻る。ねっ!オザケンの曲もクリスマスだよね。

      しかし恥のためか親に連絡をとれず、実家にもコソコソ泥棒のように入り、親に会わず雑踏へ戻る。旅人のように都会の中でさまよい続け、17歳で療養所と思われる施設に入所しているホールデン。

      「こうして話を始めるとなると、君はまず最初に」の書き出しで始まる『キャッチャー・イン・ザ・ライ』。ホールデン自身がひたすら「君」に向け語りかける形式でこの小説は進んでいくんだけど、アクセルを踏まれるように次第に描写が病的になっていく。

      SEXしたくてたまらないのに経験がないもんだから強がってみたり、金に困っているのに金をあげようとしてみたり少年特有のドタバタぶりがいとおしい反面、殴られたり友人の自殺の描写など「イタミ」を表現したエグイ箇所が多いのもこの小説の特徴だろうねぇ。

      さて『痛快ウキウキ通り』に戻ると、そもそもこの「痛快」ってのもウキウキした楽しさから来てるのか、逆に 「イタイ」男の「痛快」なのかは判然としないんだよね。歌詞にも「唾を吐き」「しびれっぱなしの手」「鼻水出りゃこすりながら」「痛快に…歩いてく」と、青年特有の「イタミ」「強がり」があるように私は思うよ。淋しさが入り混じる歌。都会のブルース。

      ホールデンもウキウキ通りの男も神経症の要素が多いんだと思う。そして「隅々まで空虚に都会化された現代」、 グローバリズムってヤツは神経症を生み出す下地があるように私は思うんだよねぇ。この曲の歌詞に「クラクション鳴らして車が走っていく」 とあるけど、クラクションは私にもそして「君」にも鳴らされてるのかもしれないぜ?

      最後に村上春樹、柴田元幸(小沢健二が東京大学で師事した教授)の共著『翻訳余話2 サリンジャー戦記』にある、こんな会話を。

      村上「本当はこの小説の中心的な意味あいは、ホールデン・コールフィールドという1人の男の子の内面的葛藤というか、『自己存在をどこにもっていくか』という個人的な闘いぶりにあったんじゃなかったのかということなんです。」

      柴田「対社会ではなく。」

      村上「対社会ではなく。もちろんそれはあるわけなんだけど、それよりはむしろ、自分自身の意識状況とのせめぎあいというほうに、重みが込められているんじゃないか、という気がしたんですよ。だから、訳すときにも、そういう視点から物語の全体を眺めていくというところはありましたよね。視座の据え方というか。」

      柴田「そうすると、『君』がどこにいるのかが大きな問題になる。」

      村上「そういうことですね。ひとつの考え方としては、『君』というのが自分自身の純粋な投影であってもおかしくないということです。それがオルターエゴ(もうひとつの自我)的なものであってもおかしくない。そうじゃないかもしれないけど、いずれにせよ、そのへんの感触は大事なんじゃないかと。」

      星野源の『痛快ウキウキ通り』解釈(ラジオ番組:RADIPEDIAより)

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      追悼:大瀧詠一さん。 はっぴいえんど「抱きしめたい」

      2014.01.02 Thursday 20:00
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        ドラマー青山純さんが他界された同じ月、3日前2013年12月30日、大瀧詠一さんも旅立たれました。2人と共に仕事をしてきた山下達郎さんは、つらいだろうなぁ。私も思い入れのある1人なのでショックが大きい…。

        なにしろ昨年元旦、初めて書いた記事でテーマにした曲がはっぴいえんど「春よ来い」、その はっぴいえんど のvocalが大瀧詠一。Pizzicato five、小沢健二、cornelius、オリジナル・ラヴなど「渋谷系」の源流は大瀧詠一にある、と私も思っており、その自由な生き様も大好きだったんダス。

        彼の訃報で思い出したのが、はっぴいえんど「抱きしめたい」。たぶん先月末に観てきた「東京ミチテラス2013」の影響もあるんだろうなぁ。東京駅から皇居を目指して光の線路がしかれ、その上に機関車D51などの車輪が置かれていたんだけど、その線路の先は天を指してたよ。まるで『銀河鉄道の夜』のようだった。そして彼が作ったこの曲のようだった。

        ミチテラス

        さらば巨星、大瀧詠一。ありがとう。
         

        はっぴいえんど「抱きしめたい」

         冬の機関車は
        走ります
        きみの街はもうすぐなんです

        ゴオ ゴオ ゴオ と
        雪の銀河をぼくは
        まっしぐらなんです

        歌詞

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        小沢健二(オザケン)16年振りのテレビ出演!(明日3月20日) 小沢健二「さよならなんて云えないよ」

        2014.03.19 Wednesday 23:00
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          さよならなんて云えないよもうすぐ放送終了となるTV『笑っていいとも!』。

          なんと! 同番組に明日、あの小沢健二が出演するっす! いや〜これはスゴイ!
          16年間もTVに出ていないから、小沢健二ファンはもう絶叫モン。

          私もただいま夜空にむかって絶叫中!うぉ〜ん! ちなみに、このブログで「小沢健二」が登場する記事を検索したら、既にこれが16回目! 私が彼から受けた影響は大きいんだよなぁ…と、あらためて思うよ。

          「でも『笑っていいとも!』最後の祭りに何故オザケンなのか?」って思うでしょ? これは以前、同番組にオザケンが出演した際、司会者タモリがオザケンを大絶賛したエピソードと関係があるんだと思う。

          タモリ曰く…
          「俺、長年歌番組やってるけど『いい!』と思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね? 

          『左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる 僕は思う! この瞬間は続くと! いつまでも』って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん。」


          ミュージシャンでもあるタモリがここまで褒めるのは、本当に珍しい。かなり昔の話だけど、おそらくタモリが同様にベタ褒めしたミュージシャンって、(他局の歌番組を含めて)他にいないんじゃないのかな?

          とにかく明日は一大イベント! たぶんギターをもって登場すると思う。そして再びこの歌を歌ってくれねぇかなぁ。タモリが大絶賛したこの曲。新しい別れ、出会いにキュンとする歌詞。今の季節にピッタリ。

          小沢健二「さよならなんて云えないよ」

          南風を待ってる 旅立つ日をずっと待ってる
          "オッケーよ"なんて強がりばかりをみんな言いながら
          本当は分かってる 2度と戻らない美しい日にいると
          そして静かに心は離れてゆくと

          歌詞
           

          笑っていいともテレフォン・ショッキング(小沢健二)
           

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          ゲームセンターみたいに手に入らなかったオザケン(2016年1月20日 渋谷クアトロ)

          2016.01.21 Thursday 23:30
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            「えぇ〜!オザケン、クアトロくるの?! えぇ〜!」と私は悶絶するのであった。一昨日、ゲリラ的に貼られた「小沢健二 魔法的 あす1月20日午後3時 渋谷クアトロ」のポスターに「…えぇ〜!」と信じられなかった。
            渋谷クアトロ(オザケン告知)

            オザケン、小沢健二…といってもピンとこない人も多いと思う。新宿から渋谷に若者のカルチャー(死語か?)など「都会の重心」が移ってきた頃、「渋谷系」という音楽が渋谷HMVなどを中心に世界へ向けて発信されていた…というと、すんごいmovementだったように感じるだろう。

            あ、いや実際すごかったんだけど、本当にコアなファンしかその良さが分からなかった、というのが正直なところだろう。

            オザケンの在籍した Flipper's Guitarが解散する時まで、周囲でオザケンのこと話しても「恋とマシンガン」以外の話は●呂くんしか通用しなかったもんなぁ。彼のことをデビュー当時から 「いいよっ!」と教えてくれた●呂くんには今でも感謝してるヨ。

            今まで記事にしてきたように、オザケンが表に出てくるのは本当に珍しい。当時の彼いわく「紙には強いが、電波にゃ弱い」と自己評価をしていたもんね。電波でTVにうつる彼は居心地やらバツが悪そうだった(それがファンにはたまらなかったのだが)。

            時代が変わり今は TwitterなどSNSで情報が拡散するから、大手TV局の媒体が必ずしも必要ではなく彼も動きやすい時代になったのかもしれないネ。最近、The Yellow Monkey も SNSをうまく使って復活劇を果たしたみたいだし、ね。

            かくいう私も昨日、浮き足立つ思いを胸に昼の休憩時間を利用して渋谷へ向かいました…が、車内で「渋谷クアトロ 小沢健二」とTwitterをチェックしたら「午前中で整理券配布を終了」と…「うぉぉ〜!」と遠吠えをしつつ、念のため現地へ向かいました。
             
            うん。残念だったね。一部、雑誌『オリーブ』に影響されていたのかな?と感じさせるファンやら並んでいる人々の姿を、微笑ましく観察しながら写真には収めてきたよ。記念に。顔が判別できないようにあえて荒い写真をのせときます。

            渋谷クアトロ(オザケン待ち)
            道端からクアトロを見上げて「あぁ、今ここにオザケンがいるんだなぁ。」と感慨にふけりながら、私こんなことを自己憐憫的にオザケンに語りかけてみたヨ。
             
            「ねぇ、渋谷も変わったね。LOFTができたばかりの渋谷は良かったよね?
            雑誌ポパイとか渋谷の特集が盛り上がっていてさ。」

            ダメなものはダメ、入場できないんだから…と記念に様変わりしてしまった渋谷HMVに立ち寄り、雑誌『ストレンジデイズ』2016年3月号、デヴィッド・ボウイの特集号を購入してきたよ。ボウイが亡くなる直前に書かれたため、冷静な内容の記事に興味深く目を通した。

            途中「渋谷も新宿のようにますます猥雑さが増してきたなぁ」と感じて、最近出たスガシカオの新作『THE LAST』の曲「アストライド」の歌詞を思い返していた。
             
            「ねぇそれ、この前 渋谷のゲームセンターで取ったやつでしょう?」
            本当に欲しいものは そう簡単には手に入ったりしない
            「あともうちょっと」って 何度も手を伸ばしたんだ
            まるでぼくが諦めかけていた あの夢に届く気がしたんだ
             
            …う〜ん、オザケン。
            手を伸ばしたんだけど、ゲームセンターみたいに手に入らなかったなぁ笑
            ライブには行くぜ!
            於渋谷(2016年1月20日)。

            スガシカオ「アストライド」

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            細野晴臣『地平線の階段』「新たな平野が拡がる」

            2019.04.12 Friday 23:30
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              細野晴臣大瀧詠一松本隆鈴木茂による伝説のバンド、はっぴいえんど
              彼らがそうであったように、世の中にその存在を広く知られていくのには、時間がかかる。

              新しい音楽に触れていたであろう松任谷由実(当時は荒井由実)でさえ、はっぴいえんどをリアルタイムには知らなかったらしい。

              小山田圭吾小沢健二小西康陽を中心とする渋谷系が、はっぴいえんど、小坂忠などによるオリジナリティの高い猿真似ではない音楽を敬愛する、平成初頭を迎えるまで(はっぴいえんど解散の1972年から)かなりの時間差があった。

              昨日の記事にも書いたように、はっぴいえんど解散後、「…はて?」と小休止があった細野さん。YMO結成まで、細野さんにしか分からない苦労、紆余曲折があったと思う。

              しかし悲観的でなく、楽観的なのが細野さんの細野さんたるゆえんだろう。
              大好き。まるで『老子』や『荘子』の世界観。

              今年はYMO結成から40周年。
              記念すべき年だが、40年前に出版された細野さんの本『地平線の階段』から、こんな文章を引用します。

              新しい歩みを始めた私にとって、この文章は沁みます。そして「その通り」と肯首。
              (以下、引用始)
               
              平野に出ると、そこをひととおり眺めまわす。
              すると必ずそこに階段を見つけてしまう。
              見つけなければ楽なのだが、見つけてしまう。
              階段を見つけたら、それを登っていかなくては気が済まなくなる。
              で、登っていく。
              雲を突き破って行くと、そこにはまた新たな平野が拡がる。
              その平野は見るもの聞くもの新しく、
              新鮮で刺激に溢れ、情感を揺り動かされ、
              このような平野があったのかと驚かされる。
              細野晴臣『地平線の階段』(1979年)

              地平線の階段
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