エミリー・ディキンソン“Hope” is the thing with feathers. (希望という言葉は あの 羽のあるやつ)

2013.12.21 Saturday 15:30
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    エミリー・ディキンソンは19世紀を生きたアメリカの詩人。今でいうパニック障害、広場恐怖、引きこもりの要素のキャラクターをもっていたと思われる女性なんだけど、現代を生きる君にも通じる感性をもっていたと思う。

    子どもたちを診療していると、引きこもりの中に本当の天才が隠れている、社会のヒント、宝が眠っているように思うことも多々あるんだよね。

    さて次は彼女による詩。翻訳は柴田元幸氏。小沢健二が東京大学で所属した教室の教授だったね。

     
    “Hope” is the thing with feathers -  
    That perches in the soul -
    And sings the tune without the words -
    And never stops - at all -

    And sweetest - in the Gale - is heard -
    And sore must be the storm -
    That could abash the little Bird
    That kept so many warm - 
     
    I’ve heard it in the chillest land -
    And on the strangest Sea -
    Yet - never - in Extremity,
    It asked a crumb - of me.

     
    希望という言葉は あの 羽のあるやつ−
    たましいの中にとまって
    歌詞のない歌をうたい
    けっしてやめない いっときも−
     
    いちばん 大風のときが こころよく聞こえる−
    よっぽどひどい嵐でないかぎり
    あの小鳥が 恥入ったりはしない
    ほんとうに たくさんのひとを暖めてきたのだ−
     
    おそろしく凍てつく地でも わたしは聞いたし
    どこより未知な海の上でも 聞いた−
    なのに−ぜったい−どんなにひどい時にも、

    鳥はパンくずひとつ わたしに求めたことはない。
    (柴田元幸訳) 

    今日は満月。ブログ開始1年をふりかえりながら… 小沢健二「天使たちのシーン」

    2013.12.17 Tuesday 17:30
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      dogs今年も残り2週間。私は昼の仕事は学会に向けてガツガツやってるけど、夜の仕事はユルユル。すでに年末年始モードに入ってるけど、君はどう?

      記事も年末に向けてユルイものにしていくつもり。なので気滞、気逆の続きは年明けにする予定ダス。

      今日は今年最後の満月。あいにく太平洋側の一部しか見えないようだけど、満月といえば小沢健二の曲「ローラー・スケートパーク」

      「誰かがあくびをしていつか眠る時も 満月はずっとずっと照らしてる 通りを渡る人の波の中 シンコペーションつけたクリスマスソング

      他、月が歌詞に登場してさらにグッとくる曲なら同アルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』収録、「天使たちのシーン」

      時間の種類にはクロノス、カイロスがあることを以前の記事に書いたけど、この曲もカイロスを意識してるんじゃないかな?

      「夏」が「瞬間」だったり…「風船」の「行方を気に」して天・宇宙・永遠を意識させたり…つまり 「一日は千年のごとく、千年は一日のごとし。」 のように時間が変質するんだね。「気」の観方でみえてくる世界。ジャケット(写真)から感じるのも風つまり「気」なのかも、ネ。

      ところで、おばあちゃんを診察すると、時々「乙女の恥じらい」のように両手を胸の前に重ねて頬をポッと赤らめる方がいるんだけど、私もポッ!(笑) たぶんカイロスなんだよね。 いつまでたっても女性は乙女、女の子の面があるんだな。

      そんな彼女に自分の現実を分からせるべく手鏡を渡すなんてぇのは…野暮ってもんよ!乙女のままでいさせりゃいいんだな。医療は医学だけでは成立しない、つまりアート(Ars, 芸術)なんだね。

      俯瞰的でありながら主観が消えていない、俳句のような本当に美しい曲だと思う。 ブログを始めて1年。少し感傷的になってるんダス。ワタス。

      小沢健二「天使たちのシーン」

      涙流さぬまま 寒い冬を過ごそう
      凍えないようにして 本当の扉を開けよう カモン!

      月は今 明けてゆく空に消える
      君や僕をつないでる緩やかな 止まらない法則 ずっと

      神様を信じる強さを僕に 生きることをあきらめてしまわぬように
      にぎやかな場所でかかりつづける音楽に 僕はずっと耳を傾けている

      歌詞

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      「人間、100年くらいでそんな変わらないだろうと思ってるんで。(小沢健二)」 「ノーマルな東洋医学をやっています。(坂本ヒロミツ)」

      2013.12.16 Monday 18:30
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        オザケン昨日紹介したインタビューは1995年(平成7年)の小沢健二この年と翌年、2回NHK紅白にも出場してノリにノッテる頃。

        彼がソロ活動を開始する前は小山田圭吾(コーネリアス)らとFlipper's Guitar1, 2)というバンドをやっていて当時は尖っていた。

        そのツンとすました態度、インタビュワーを怒らせる答弁などよく物議をかもしていたんだよねぇ。それも計算してやっていたんだと思う。憎たらしいほどにクレバー。

        だからその後の活動や言動をみて、「ん?」と感じた人は多かったはず。「言動が自由になったなぁ!いや自由すぎる!」と私は嬉しくなった方だけど、彼の輝きに対するネタミなのかヒガミなのか猛烈にオザケンを嫌う人も多かったねぇ。彼の表層を見ていると確かにそう思うだろうねぇ。

        しかし根はマジメ。そして、ただの「おぼっちゃん」ではないんだね。「自由に生きればいいんじゃね?」というロックを今でも感じる。商業主義に毒されなかったロック。オザケンのように、好きに生きると味方だけでなく敵もできる。その通り。それでイインジャネ?

        私も東洋医学を「やること、やるだけ」「もぅ、いいもん創るだけ」と言えるようありたいっす。そしてこう言うのさ。

        「そんな特殊なことをやっているつもりもないですし、ノーマルな東洋医学をやっています。」

        最後、昨日の発言内容を備忘録として掲載(インタビュワーは久米宏)。引用始。

        久米東大でアメリカ文学勉強してミュージシャンになっちゃったのには特に何かあるんですか?」

        小沢「あ、いや矛盾しないんで…そのまま…そんなねぇ全然違うことを始めたって思ってはいないです」(中略)

        久米「大体自分の考えた通りに社会の中をずっと突き進んでここまで生きてきたって感じはありますか?」

        小沢「否(即答)。社会の中とか分からないんで、やることやるだけです。もぅ、いいもん創るだけです。だからねぇ、渋谷系と言われるの本当分からないです。(中略)僕はやっぱり、なんか子どもから老人まで楽しめるものというか、そういうのを作っているつもりなので。そんな特殊なことをやっているつもりもないですし、そんなにいろんな種類の人間がいるとも思っていないので…ノーマルなことをやっています。」

        久米「人間、基本的にはお年寄りから子どもまで考えていることは同じだしね。」(中略)

        FMで小沢健二の歌に衝撃を受けた小宮アナ、曲名も分からぬままショップに行って店員に口ずさんでCDを購入した、という流れで…

        小宮私たちのリアリティ、生活実感って表せなくなってたんですよ。そこにユーミンとかサザンとかが出てきて、これだよっ!って思えたんですよね。そんな感じがやっぱり小沢さん(の曲)を聞いた時に(これだよっ!って思えた)。私のリアリティとはちょっとずれてますけどね。」

        小沢「(嬉しそうに)いやそんなことないですよ、全然。僕、絶対ずれてないですよ。小宮さんのそういうリアリティとかと。自信があります。」(中略)

        久米「自分の中にあるものを表現したいのか、人に何かを訴えたいのか。つまり自分が満足したいのか、人に何かを訴えたいのか、どっちなの。」

        小沢「自分が満足したいでは、ヤッパないですね。それは聞く人がいて、僕がいて、きっと何か同じそういうリアリティじゃないけど、そういう何かが『あっ!』と一瞬でもいいから感じられるようなものを創ろうと思っていて、それが別に年齢とか性別とか住んでるところとかで、その『あっ!』と思うところが別になるとは僕は思っていなくって。そんな人間、100年くらいでそんな変わらないだろうと思ってるんで。…テヘッ!真面目ですね(笑)。」(以上、引用終)

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        古典の重要性が増してきた、新たな時代。 世間を騒がす論文捏造に思う。 「一日は千年のごとく、千年は一日のごとし。」

        2013.12.15 Sunday 22:30
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          お前の話は昨日は記事更新できず、すまなかったです。会合など多忙で眠くって眠くってzzz 

          さて今後、古典が必要と思うのは以下のような理由ダス。あくまで私個人の考えなんで聞き流してね。

          # 情報が多すぎて、どれが雑魚(ざこ)か、どれが食える魚か判別が難しい時代となった。
          # 社会が複雑化すればするほど原典、原点、原則、原理を人は求める。
          # 単純系の情報過多はかえって理解に複雑性を増す。一方、近年必要性が増してきた複雑系は単純性を重視する。
          # 100年、1,000年で人間の体、本質は変わらない。
          # 約100年前から始まった、未だかつてない世界的人口爆発に科学は非効率すぎて対応できない。
            (コストがかかりすぎる)
          # 啓蒙主義、科学主義の影に潜む問題に人々が気付きはじめた
            (パラダイム・シフト)。
          # 意識しようとしまいと、これから中世の時代に戻っていく

          そんなところかな。消去法で古典が必要、という消極的な選択かもしれないが、西洋医学も東洋医学もその潮流をモロ受けると思う。今はジェットコースターの天辺。

          えっ?西洋医学に雑魚はいないだろう?と。 そうかな? 高血圧治療薬「ディオバン」の論文捏造に次いで、「子宮頸癌ワクチン」の論文が販売元の製薬会社社員が身分を隠して執筆していたと、つい最近ニュースになったけど…新聞読んでない?

          少なくとも172本の論文捏造をした麻酔科医iPS細胞の論文捏造で一躍有名になった森口氏いずれも昨年の話題だけど…まぁ氷山の一角でしょうな。

          わたしゃ他のワクチンは別として、「子宮頸癌ワクチン」だけはその存在意義が「つまらん!お前の話はつまらん!」と思っている医者で、実際今まで1名たりとも接種はしたことがないんですが何か?今回のニュースを読んで「ほら、まぁそうだよね」と思ったよ。

          不特定多数とSEXしない方がよっぽど子宮頸癌になるリスクを減らすんだけどね。ヒトパピローマウイルス(HPV)って型がたくさんあるから。ほらアデノウイルス、インフルエンザウイルスが大人でも重症化するのと同じだわ。

          君もあんまりCM、新聞などのメディアを過信しない方が良いよ。311直後の原発爆発、その後のメディアのアタフタぶり、あれも氷山の一角でしょうな。

          「愛する者よ、汝(なんじ)らこの一事を忘るな(わするな)。主の御前には一日は千年のごとく、千年は一日のごとし。」(新約聖書 ペテロ第二 3章8節)

          「空の鳥を見よ、播かず(まかず)、刈らず、倉に収めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ。」(新約聖書 マタイによる福音書 6章26節)


          医学部時代、電線にとまって羽を休めているスズメを見ながら、私こんなことを考えた…
          『1,000年を1日』と感じる存在、神がいるとしたら、このスズメと私が過ごす2日間って2,000年として神はとらえるんだろうなぁ」と。「そうか!こいつ2日前にイエス・キリストって男に会っているのかもしれねぇな!オイ、そこのスズメ!あの人の顔、覚えてるか?

          まぁ戯れ言ですな。でも今自分が、リアリティに満ちたものとして古典を嬉嬉と読んでいることと、医学部時代の天が啓けたような感動とが全く無縁ではないような気がするんだよね。特に無名性、匿名性のある古典、つまり作者不明の古典ほど読んでいて感動するんだねぇ。昨今「俺、俺」と捏造論文をジャカジャカ垂れ流している業界よりも、よっぽど意味がある、ね。

          ということで、明日は次の小沢健二 - 久米宏 インタビューの内容について続きを。

          人間、100年くらいでそんな変わらないだろうと思ってるんで。…テヘッ!真面目ですね。」(小沢健二)

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          割り切れない話。1オクターヴの深〜い話。東洋は割り切らない(連続性、主観性、宇宙性、無限性)。

          2013.10.16 Wednesday 23:30
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            スーホの白い馬そろそろ東洋医学の話をしなくちゃ!忘れてた!10月11日の記事「デジタル - アナログ」「有限音階 - 無限音階」「西洋医学 - 東洋医学」と対比して書いたネ。

            結論から書くと…君の聞いている音楽って普通は「有限音階」なんだねぇ。
            …えっ?そこから入るの?東洋医学では?…
            まぁそう言わずに。

            ギターの12フレットって、1本1本の弦のちょうど半分の位置なんだけど、ここはちょうど1オクターヴ上の音が出るんだぁね。例えば6弦(一番上、一番太い弦)に指をかけずに弦をはじくと、E(ハ長調なら ミ )の音が出ます。じゃあ問題!

            同じ6弦の12フレットを指で押さえて弦をはじくと…さぁて何の音が出る?

            そう!答えは「1オクターヴ上のEの音が出る」。その間の11の音は、半音ずつ「割り切って」いる。ピアノでいえば、白鍵、黒鍵、白鍵、黒鍵…のように半音ずつ上がっていくんだねぇ。

            このように、1オクターヴなどの音程を均等な周波数比で分割した音律「平均律」とよぶんだね。ほ〜ら勉強になるねぇ!
            「でもちょっとオカシクな〜い?」(女子高生風に言ってみて!…いや君は男だったか!…できれば女の子だけに頼む!)
            だってさぁ、音と音の間ってないの?そもそも1オクターヴを12で「割り切って」いいの?

            そうなんだねぇ!今ちまたにあふれる音楽が「十二平均律」という、当たり前とおもわれている音に完全にのっとられているんだねぇ。この事に関しては以前紹介した『モンキービジネス』(2011年夏号)という雑誌の中で、小沢健二も違和感を表明してるんだねぇ。さすがオザケン!

            そして3度の音、つまりマイナーコード(悲しそうな)かメジャーコード(嬉しそうな)かを決める重要な音がほとんど無視されていた時代、地域もあったようで、普段聞き慣れている音って結構あてにならないモンなんだぁね。

            よくよく考えてみると…「平均律」に規定された音ってデジタル!ほら1月に書いた記事「・・・Mac, iPhone, iPadはデジタルでないの?・・・ジョン・ケージ「4分33秒」 デジタルとdigit(指) ピアノもパソコンもKeyboard」を見返してみると…ピアノを叩く指(digit)は発音上もデジタルと相性がいいんだねぇ。

            ピアノって楽器自体が西洋的なんだねぇ。叩く、決まった場所の音しか許さない。完全に調律しないと場にそぐわない。

            ひるがえって東洋の楽器って面白いものが主役になったりするよねぇ?たとえば胡弓、篳篥(ひちりき)、尺八など。完全に調律しなくても演奏者側で微妙に音を調節できる、良い意味での曖昧さ、ゆらぎがあるのはピアノと相容れない要素かもしれないねぇ。

            ふぅ…つ・ま・り?
            ピアノは有限音階、デジタル、西洋的なんです。
            一方、先日のYMO「LOOM / 来たるべきもの」無限音階、アナログ、東洋的なんです。

            「イヤイヤ!!(×2) YMOはデジタルでしょう!シンセサイザーなんだから!」という声が一斉にあがってるけど…
            あの曲「LOOM / 来たるべきもの」に関して言えば無限音階であるがゆえにアナログ、東洋的だと私は思うんだねぇ。

            どこから曲が始まってどこで終わっているのか分からない。平均律の音と音の間に「無限の音がある」(虚無、宇宙)。… 無限、無に有がある、有に無がある …

            最後に『スーホの白い馬』って話、知ってる? もしあの白馬が「ピアノの弦になりました」という結末だったら、どうも納得いかないでしょう? ピアノって「平均律」だけに「割り切った」話に聞こえるんだねぇ!うまい!座布団あるだけ持ってこい!
            ね?ピアノだとちょっと客観的すぎない?不思議でしょ?

            あの物語はスーホが楽器(馬頭琴)を暖めるように、抱くようにして直接弦をさするから哀悼の感情が共有できるんだよなぁ。「割り切れない」話っていろいろあるんだよ。そう思うんだけど。

            …アレ?泣いてるの? 東洋医学って「割り切らない」医学って伝えたいんだけど…いや…「あなたは煮え切らない男」ってカエシはいらない…

            超大型台風に思う「ほんとのこと知りたいだけなのに 夏休みはもう終わり」 Flipper's guitar "Dolphin song"

            2013.09.16 Monday 20:30
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              ヘッド博士の世界塔台風、大丈夫だった? 家の朝顔は伸縮式ポールを短くして、被害をくいとめたし、昨晩からやたらと鳴いていたコオロギちゃん(名なしだけど…「コオすけくん」とでも呼んでおこう)にも、ぶどうのかけらを分けてあげたし(なんのこっちゃ?)、こちらは大丈夫。

              もうとうに秋に入っているんだけど、今日は「夏の終わり」を実感。強風、うちつける雨を体感すると刷り込まれている記憶が立ち上ってくるのかな。夏休みの終わり

              「ほんとのこと知りたいだけなのに 夏休みはもう終わり」という歌詞で終わるこの曲。Flipper's guitarは、このアルバム『ヘッド博士の世界塔』発表直後に解散を表明したんだったっけ。アルバムジャケットをみれば一発で分かるけど、イカレ少年2人組が「お祭り騒ぎはもう終わり」「そろそろ大人になるってことかねぇ」と言っているようにも感じたんだよなぁ(遠い目…)。

              話は変わって、村上春樹の初期3部作『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』に出てくる「僕」と「鼠」、この2人とFlipper's guitarの表現した世界観はどこかで通底、つながっていると思うんだけど…小説をお読みでないか?

              たぶんアメリカ文学に造詣の深い小沢健二がこのバンドにいたこと、村上春樹がサリンジャーなどアメリカの文学者に影響を受けていることがリンクしているんだろう、ね。…んっ?イヤイヤ、『羊をめぐる冒険』に出てくる「いるかホテル」とこの曲のDolphin(イルカ)が関係しているとか言ってるンじゃないよ〜。またまた〜。

              その村上春樹『1973年のピンボール』は1973年9月の「日曜日」にはじまるのだけど、石原千秋さんは『謎とき 村上春樹』でこんな解釈をしているんだねぇ。

              「『日曜日』は日常的な時間と非日常的な時間の境界にある両義的な時間だからである。『僕』はいま日常と非日常の境界線上に立っている。この『小説』で日曜日がことさら強調される意味は、そこにあった。」

              今日、ヒロミツは非日常的な暴風に身をおきながら、「僕はいま日常と非日常の境界線上に立っている。今日は日曜日でも夏休みの終わりでもなく、祝日だけど!」なんて戯れ言を考えたりしてみちゃったりなんかした。格好いいだろう?(ただのパクリ)

              村上春樹『羊をめぐる冒険』で最後に「僕」がすることは…「立ち上がる」ことだったね。台風の終焉とともにやるべきことは…さて衣替えの準備でもしようかね!

              Flipper's guitar "Dolphin song"

               

              ほんとのことが知りたくて
              嘘っぱちの中旅に出る
              イルカが手を振ってるよ さよなら
              真珠と眠りと向こう見ずを
              逆さに進むエピローグへ
              君がわかってくれたらいいのに いつか

              歌詞リンク

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              小沢健二「おやすみなさい、仔猫ちゃん!」

              2013.09.11 Wednesday 17:30
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                東京は(少しだけの)お天気雨でした。「お天気雨」と言えば…この曲。
                ちゃんと「仔猫ちゃん」も出てくるヨ!

                小沢健二「おやすみなさい、仔猫ちゃん!」

                夏の嵐にも冬の寒い夜も
                そっと明かりを消して眠ろう
                またすぐに朝がきっと来るからね
                (Where do we go? Where do we go, hey now?)
                涙のつぶのひとつひとつ ガラス玉にとけてく夕べ
                僕の書きかけのメロディー 終わることのないオルゴール
                君に届けるのさもうすぐ

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                春分 小沢健二「春にして君を想う」 告知あり:岡村靖幸TV出演

                2013.03.20 Wednesday 05:45
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                  (告知:本日25時55分〜TBS「オトナの!」 岡村靖幸がTV出演 2週連続 貴重。)

                  桜本日は二十四節気の第4、春分です。春分、秋分の日には、理論上、太陽が真東から登り、真西に沈みます。

                  また、夜と昼の時間がほぼ12時間、半々となります。理論上はね。でも、Wikipediaにも記載があるように、厳密にはズレがあります。

                  ちなみに本日、東京での日の出は5時45分(方位89.7度)、日の入りは午後5時53分(方位270.6度)です。ねっ、夜と昼がほぼ半々でしょ?また、ほぼ真東から登った太陽が真西に沈みます。

                  日本の休日としての春分、年によって3月20日、3月21日と変化しますが、これは世界的には珍しいそうです。東洋が宇宙、天体の運行を重要視しているためでしょう。人の手の触れない地形や環境、という意味で「自然」という言葉を民衆が使い始めたのは、明治中期以降のことです。

                  「Natureとしての自然」、意外に歴史が浅いんですね。西洋が当然として使ってきたNatureを、東洋は(少なくとも日本は)対立するものとして認識していなかった、自分と自然との間に境界線がなかったんでしょう。それが「無為自然」だったんでしょう。

                  春の彼岸は、春分をはさんで前後7日間です。西は特別な方角。昔の東洋人は、真西に沈む太陽を見ながら、懐かしい人を思い出したり、いずれ自分が行くであろう極楽浄土を思ったはずです。東京でも桜が咲き始め、梶井基次郎の小説の「桜の樹の下には屍体が埋まっている」ということばを思い出しました。negativeな意味ではないですよ。桜の樹の下で楽しめばいい、思う存分。

                  少し線香くさい話となってしまいました。そこで次の曲。オザケンの1998年1月のシングル。これが彼の最終シングルです。売ることに全く興味がなくなったように、911の3年前の1998年、沈黙期に入ります。

                  歌詞に「君は少し化粧をして 僕のために泣くのだろうな そんなことがたまらないのだ」とあり、天へ旅立った「僕」を想い、遺された「君」が泣いている姿が描かれています。自分にはそう感じます。彼岸、左岸の曲。21世紀以降の世界に向け、歌っているかもしれない彼の文学。色気、ハンパないです。

                  では桜の下で1曲 ♪お酒をちょっと飲んだからなあ♪

                  小沢健二「春にして君を想う」

                  君とゆくよ 歳をとって  お腹もちょっと出たりしてね?
                  そんなことは怖れないのだ  静かなタンゴのように

                  薄紅色に晴れた町色 涙がこぼれるのは何故と
                  子供のように甘えたいのだ 静かなタンゴのように

                  小沢健二は柴田元幸(東京大学教授、現代文芸論研究室)ゼミ出身なのだ!その柴田教授は村上春樹の盟友!繋がっているのだ! 小沢健二「愛し愛されて生きるのさ」

                  2013.03.18 Monday 05:55
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                    うさぎ私が小沢健二(オザケン)を知ったのは平成元年、医学部生の時でした。当時、Flipper's Guitarで活躍中の彼が、東京大学在学中であることは分かっていました。が、最近まで知らなかったのです。小沢健二、村上春樹の共通項に柴田元幸がいるなんて(柴田教授は昨日紹介した本の著者)。

                    小沢健二は柴田ゼミ(現代文芸論)出身なんですね! 私が村上春樹、小沢健二からなぜ刺激を受けるのか、納得しました。アメリカを深く知りながら、アメリカに同調していないんです

                    Flipper's Guitarの歌詞にも彼の文学性が垣間見えますが、その造詣の深さはハンパないです(その例)。村上春樹が信頼を寄せる柴田元幸と対等に話す彼、スゴイです。いやー、こういう記事を見ると、人間って上を目指すと新しい地平が見えるって、勇気をもらうね。ホント。

                    サリンジャー『ライ麦畑でつまかえて』の主人公ホールデンが、現代に生まれ変わって出てきたと言っても過言でないような存在のオザケン!小憎たらしいガキを演じていました。いやあれは地なのか?そう思わせるくらい、すごい家系の出です。

                    ちなみにPizzicato Fiveの曲〈エアプレイン〉の歌詞に、「ふくれ面して黙ってるかと思えば 止まらないほどおしゃべりになる ホールデン・コールフィールドみたいとかなんとか言われてゴキゲンになるようなタイプ」とありますが、作詞者、小西康陽いわく「小沢健二を揶揄した」そうです!そんなオザケン、1998年から一切TVに出なくなったそうです。

                    時代の節目を観ていたのでしょう。彼、Flipper's Guitarで活躍中、自身を評していたんです。「紙には強いが、電波にゃ弱い」。電波のTVはウザイってことでしょう。TVって気(電波、陽)のようにフワフワとあてのない、浮ついた時代のメディアでした。クラウド時代(ネットの海、陰)、既にTVはその役割をほぼ終えていると、私は思います。原発事故後、TVの垂れ流した情報、君、信じてる?あのフワフワ、嘘つきを。

                    TVに出なくなった彼は、父・小澤俊夫(ドイツ文学者)が編集する季刊誌『子どもと昔話』で小説『うさぎ!』執筆により、「現代の資本主義末期の欺瞞に満ちた社会を風刺」したり、文学性を発揮していますが、プライベートに関しては沈黙を保ってきました。ところが、昨年末、久しぶりにネットに発言し、結婚、子どもが生まれる予定であることを報告しました。HPに掲載されたコメントがこちら

                    「妊娠がわかってからもう大分経つのですが、僕としてはただ「女性ってすごいなあ」という感を強めるばかりで、男親および男性というものの役割は一体何なのか、裏庭を通りすがる近所のオス猫などをにらみつつ考えております。(中略)妻は一般人です。従って情報を出さないという選択肢もあるのですが、今どき、そのほうがむしろ誤情報が広まったりします。」

                    最後がイイ。私が考えていたこと、その時期が一致して非常に嬉しかったのです。陰の時代にむけてブログを始めるよう背中を押してもらいました。ありがとうオザケン。

                    小沢健二「愛し愛されて生きるのさ」

                    ふてくされてばかりの10代をすぎ 分別もついて歳をとり
                    夢から夢といつも醒めぬまま僕らは未来の世界へ駆けてく
                    月が輝く夜空が待ってる夕べさ 突然ほんのちょっと誰かに会いたくなるのさ
                    そんな言い訳を用意して 君の住む部屋へと急ぐ

                    category:ベクトル | by:坂本ヒロミツcomments(0)trackbacks(0) | -

                    本紹介12:村上春樹・柴田元幸『サリンジャー戦記』 Flipper's Guitar(Double Knock Out Corporation)"Goodbye Our Pastels Badges"

                    2013.03.17 Sunday 06:30
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                      サリンジャー戦記TOYOに好意的だったサリンジャーを語る上で、村上春樹は外せません。村上春樹はサリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の新訳を世に出すほど、サリンジャーから影響を受けています。【旧訳は『ライ麦畑でつまかえて』(野沢孝訳)】

                      アメリカ文学研究者の柴田元幸、村上春樹が、サリンジャーの著作の魅力、謎解きを対談形式で著した本が『サリンジャー戦記』です。(追記:『キャッチャー・イン・ザ・ライ』に関する村上春樹の訳者解説が、本書に収録されており、それだけでも本書の価値はあるでしょう。版権の制約で訳書に掲載できなかったそうです。)

                      ところで『ライ麦畑でつまかえて』、君も読んだ?世界的なベストセラーだから読んだことがあるかもね。でも読後、なんかスッキリ腑に落ちないモヤモヤ感、なかった?この対談本、お薦め。ぜひ読んでみて!「若い人の考えていること、よく分からん」と嘆いているupper世代、upup、アプアプ困っている方にもヒントがあるでしょう。

                      文中の「ホールデン」とは、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の主人公の青年です。古い日本の「家」、父性の消失、と自分が解釈した部分の引用です。

                      編集部 でもホールデンって、いまどきの「パラサイト」たちとちょっと似ているというか・・・

                      村上 そうですね。逆に言えば、『キャッチャー』のそういう社会背景みたいなのが、今の若い人たちにはかなりすらっと理解できるんじゃないかな、という気はするんです。今の日本はたまたま不景気だけど、戦後の長い繁栄の中で、社会的資産はもうある程度できているわけですよね。そういうものが一種の都市資産階級を形成している。そんな時代に生まれた子どもたちって、多かれ少なかれホールデン的というか、消費と生産が結びつかないという傾向はありますよね。

                      柴田 それは、1950年代のアメリカと、2000年代の日本が似ているということですか?

                      村上 似ているところはあると思いますよ。階級的に。

                      柴田 階級の分離の仕方が似てきたのかなあ。

                      村上 うん、好むと好まざるとに関わらず、日本も階級社会になりつつあると思うんです。バブルを越えて、みんなが中産階級という横並びの時代から、勝ち組、負け組に分かれていくわけですよね。銀行やら社会やらがふるい落とされていくみたいに。それから、都市専門職という階層が力を持ち始めます。アーバン・プロフェッショナル。ホールデンの父親みたいな階層です。そしてそういう人たちは、子どもたちをだいたいプライベート・スクール(私学)に入れます。家族というものもほとんど解体してしまっている。かつて日本文化を規定していた家族という枠組みが消えつつある。かろうじて実効的に残っている家族関係は、さっき話に出た「パラサイト」くらいになってしまう。

                      次の曲はフリッパーズ・ギター!作詞が小沢健二、作曲が小山田圭吾(コーネリアス)です。2人ともイニシャルがK.O・・・だからKnock Out Corporation!センスいいでしょ?また小沢健二が慶應じゃなくて東大在学中(当時)というオチを込めているそうです。

                      『サリンジャー戦記』とフリッパーズ・ギター。関係ないように思うでしょ?非常に関係があるんだなぁ、これが。詳しくは明日の記事で!
                      デビューアルバムでこんな洗練された音楽を、日本で作った奇跡。それを、リアルタイムで堪能できた幸せを思い出しながら・・・


                      Flipper's Guitar(Double Knock Out Corporation)"Goodbye Our Pastels Badges"
                       

                      はずせ、僕らのバッヂをアノラックからはずせ
                      引き出しの中にしまっておこう
                      そして僕らは誓う、あの気持ちを決して忘れないと
                      だから、さようなら

                      地下鉄に乗っていて時々さびしくなる
                      けれどもカミソリがあらわれて切り裂く
                      そうだ 僕らのロリポップは何か純粋なものだった
                      だから今は大好きなシャツを脱ぎ捨てて

                      category:ベクトル | by:坂本ヒロミツcomments(0)trackbacks(0) | -

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